がんは遺伝子変異のタイプで分類する時代に
今までは肺がんは肺がんの薬、胃がんには胃がんの薬といったように、「がんの治療は臓器ごとに行うもの」という考え方が主流でした。実際、まだ「そういった方法しかない」と思っている人も多いかもしれません。
しかし近年「ゲノム医療」の進化により、考え方がガラリと変化してきました。がんは臓器別に分類する時代から、遺伝子変異のタイプによって分類する時代になってきたのです。
あらゆるがんは、遺伝子の変異(異常)の積み重ねで生じます。この遺伝子の変異=がんの個性を把握し、その遺伝子の働きを抑えるような薬剤を見つけ出すことを「がんゲノム医療」といいます。
つまり、同じ遺伝子変異が原因によるがんであれば、乳がんや卵巣がん、胃がんや肺がんといった異なった臓器で発生したがんに、同じ薬剤を使用して治療をすることもあるということです。
「がんゲノム医療」は日々進化中
遺伝子の異常にはさまざまなパターンがあり、ゲノム医療で治療を行うには、「この遺伝子の異常には、この薬剤が効果がある」といった多くのデータが必要になります。ただ、それぞれの病院でこれらのゲノム情報を蓄積するのは、時間もかかりとても大変なことです。
そこで2018年に発足したのが「国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」。ゲノム医療を行う全国の病院から患者さんのゲノム情報を集約し、知識データベースを構築。「がんゲノム医療」を推進するためのインフラ整備を進めています。
こうして集められデータは「がんゲノム医療」の質の向上のために使われるだけでなく、一定のルールに従って、大学・企業等の研究機関でも新しい治療法や治療薬の開発にも役立てられています。
また2019年より、遺伝子の異常をある程度調べることができる検査の一部が、保険適用になりました。今後さらに膨大なデータが蓄積され、遺伝子情報を調べる技術や薬剤が進歩すれば、10年後、20年後、がん医療は大きく変わり、克服することも夢ではないかもしれません。
【がんの特徴がわかるがん遺伝子パネル検査とは?】
一人ひとりに適した治療法を探すためには、まずはどんな特徴を持った遺伝子の変化=がんの個性なのかを知る必要があります。その特徴を調べることができるのが「がん遺伝子パネル検査」です。
がん遺伝子パネル検査は、全国のがんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院で検査を受けることができます。血液のがん以外のがんで、標準治療が終了した場合などには健康保険が適用されます。
方法は、検査や手術などで採取したがん組織の血液を使い、高速で大量のゲノム情報を読み取る「次世代シークエンサー」という装置で解析します。数十から数百のがん細胞の遺伝子を一度に調べることで、がん細胞に起きている遺伝子の変化を調べることができるのです。
この検査を行うことで、遺伝子にどんな変化が起きているのか=がんの個性がわかり、効果が期待できる薬を見つけ出すことができます。ただ今はまだ、その遺伝子の変化に対応した薬剤が存在しない、または開発途中で使えないという場合もあります。より多くの遺伝子の変化に対応できる薬剤が増えていけば、治療の可能性もより広がっていくはずです。
監修:昭和大学臨床ゲノム研究所所長・日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構理事長・昭和大学医学部乳腺外科特任教授・認定NPO法人 乳房健康研究会副理事長 中村清吾先生
日本の乳がん治療の第一人者のひとり。聖路加国際病院ブレストセンターを立ち上げ、初代センター長とし乳がん治療におけるチーム医療を導入。昭和大学医学部乳腺外科主任教授を経て、がん医療の将来を見据え、同大学に臨床ゲノム研究所を設立。将来、治すのが難しいとされるがんや親から子に伝わる遺伝性腫瘍の克服への道を開くため、基礎研究と臨床の架け橋的役割を担っている。