がんは遺伝子レベルで考える時代に①
ゲノムで克服される日が来るかも?

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キーワードは「ゲノム医療」

個別の遺伝子のイメージイラスト

「医療はどんどん進歩しているのに、がんは克服できないの?」と思っている人もいるかもしれません。実は、1970年ごろには、50年後までに、つまり2020年には「がんは克服される」といった予測もされていたといいます。しかし、実際はまだ研究の途中です。

ただ、そんな未来に着実に近づいているのも事実です。そのカギとなるのが「ゲノム医療」。なんだか難しそうなネーミングですが、ゲノムとは、簡単にいえばDNAに含まれる遺伝情報のすべてを指します。このゲノムを使って、病気の検査や診断、治療を行うのが「ゲノム医療」です。

“遺伝子に起こる変化”ががんの原因

がんの原因は、遺伝子に起こる変化(遺伝子変異)です。私たちの体の細胞は毎日分裂し、新しくなっています。このとき、正常な細胞の遺伝子が何らかの原因で傷ついてしまうと、複製エラーを起こして“がん細胞”になってしまいます。

がん細胞は、実は健康な人でも毎日たくさん発生していますが、体に備わっている免疫機能によって消滅させることができます。ただし、この免疫機能がうまく働かないと、がん細胞が増殖し、それが積み重なって“〇〇がん”といった病気に進行してしまうというわけです。

では遺伝子はなぜ傷ついてしまうのか?遺伝子の変化は、基本的にその人を取り巻くさまざまな環境(環境因子)によって引き起こされます。具体的には、たばこ、飲酒、食べ過ぎ、運動不足などの生活習慣のほか、加齢、化学物質、活性酸素なども原因になります。

遺伝子変異の原因イラスト

ゲノム医療でがんをどう治す?

そこでがんの原因となる“がん細胞の遺伝子の変化(異常)”を特定し、その遺伝子の働きを抑えるような薬を投与し、がん細胞の増殖を抑えようとするーー。こういった治療が、近年行われているがんにおける「ゲノム医療」です。

ゲノム医療は世界レベルで研究が進んでおり、「がんもゲノム医療で克服できるのでは?」という期待が高まっています。今後、ゲノム医療などによって新たながんの治療法や予防法が生まれれば、“がん”という病気の概念を劇的に変化させられる日が来るかもしれません。

【遺伝と遺伝子とDNAとゲノムはどう違う?】
普段食べているお菓子や食品に「遺伝子組み換えではない」という表示がなされていたり、「iPS細胞の活用で再生医療の研究が進んでいる」という報道をみかけたりと、私たちにとっても身近なワードになりつつある“遺伝子”や“DNA”。 2022年の4月には、「ヒトゲノムの完全解読に成功した」というニュースも報じられました。

でも遺伝と遺伝子とDNAとゲノムって紛らわしくて、違いを説明するのが難しい……そんな人も多いかもしれません。まずはその違いを知っておきましょう。

例えば、走るのが速い、背が高い・低いなど、親から子へ生物の特徴を伝えることを「遺伝」といいます。この親から子へと受け継がれる情報を「遺伝情報」と呼び、遺伝情報を親から子へ受け継いでいるのが「遺伝子」。そして、この遺伝情報のもとになっている物質が「DNA(デオキシリボ核酸)」です。ちなみにDNA=遺伝子と思いがちですが、DNAには遺伝情報を持っている部分と持っていない部分があり、遺伝情報を持っている部分を「遺伝子」と呼びます。

また、親の遺伝子がすべて子どもに遺伝するわけではありません。細胞には「体細胞」と「生殖細胞」があります。筋肉や骨、血液など体の多くの部分を占めるのが体細胞です。この遺伝子にもし変異が生じていても、遺伝することはありません。しかし、男性は精子に、女性は卵子になる生殖細胞は違います。こちらの遺伝子に変異がある場合は、次の世代に受け継がれる可能性があります。

では遺伝情報のもととなるDNAってどんなものなのでしょう?ヒトの細胞内には核があり、このなかに父親と母親それぞれから受け取った2組(各23本の染色体、計46本)の染色体が存在します。この染色体をほどいたものが遺伝情報の担い手となるDNA。DNAは二重らせん構造で鎖のような形をしており、A(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)という4つの塩基が連なってできています。ヒトのDNAは、これらの塩基が約30億個結合してできており、遺伝情報はこの中に書き込まれています。

そして「ゲノム」とは、DNAが持つ “どの生物になるか”を決定する“生物に必要な最低限の遺伝情報のセット”のこと。つまり、ヒトにはヒトゲノム、イヌにはイヌゲノムがあります。

ヒトゲノムの塩基配列は、個々で比較すると0.1%程度の違いがあることが知られています。この違いが身体的特徴や性格、病気のかかりやすさなどのそれぞれの個性や多様性につながっています。

監修:昭和大学臨床ゲノム研究所所長・日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構理事長・昭和大学医学部乳腺外科特任教授・認定NPO法人 乳房健康研究会副理事長 中村清吾先生

日本の乳がん治療の第一人者のひとり。聖路加国際病院ブレストセンターを立ち上げ、初代センター長とし乳がん治療におけるチーム医療を導入。昭和大学医学部乳腺外科主任教授を経て、がん医療の将来を見据え、同大学に臨床ゲノム研究所を設立。将来、治すのが難しいとされるがんや親から子に伝わる遺伝性腫瘍の克服への道を開くため、基礎研究と臨床の架け橋的役割を担っている。

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