vol.1 誰も教えてくれない「乳房のトリセツ」

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胸を気にする女の子のイラスト

以前、芸能人の方の乳がん闘病が報道された時、20、30代の若い人たちが私のところにも殺到しました。皆さんにどんな症状か聞いてみると、「うつぶせになると胸が痛い」「生理前に胸やワキの方が痛くて心配できました」といった声が……。

実はこれらの症状は、乳房のことを知っていればほぼ心配のない症状ばかりです。とはいえ、私の人生を振り返ってみても、医者になって自分で勉強するまで乳房について誰も教えてくれませんでした。正しく知らないから不安にもなるし、悩んでしまうこともあります。

今現在も、胸の大きさや形が気になっている人、恥ずかしさや嫌悪感を持っている人がいるかもしれません。でもこれからずっと付き合っていく大切な一部ですし、女性では最も多い「乳がん」ができる場所でもあります。自分の体を大切にするためにも、ここから乳房について一緒に学んでいきましょう。

乳房ってどんなもの?

「乳房」とはみなさんがよくいう「胸、おっぱい」の正式名称で、赤ちゃんにとって大切な栄養と免疫を与える乳汁(母乳)を分泌する役割を持っています。ではどんな仕組みになっているのでしょうか?

乳房は「乳腺+脂肪」

乳房の仕組みイラスト

乳房は乳腺と脂肪からできています。乳腺は小葉という乳汁を分泌する組織がブドウの房のように連なって一つの乳管につながっています(これを腺葉という)。乳管は乳房の中心にあるちょっと飛び出した部分=乳頭(乳首)に集まっており、ここから15〜20本の乳管が開いています。

そしてこれらの乳管から出る乳汁が赤ちゃんにあげる「おっぱい(母乳)」です。また、視力の弱い赤ちゃんがすぐに位置がわかるように乳輪に濃い色が付いていたり、赤ちゃんが吸い付きやすいように乳頭(乳首)が突出していたりと、その色や形状にも理由があります。

乳房はどんな風に発達するの?

生まれたときの乳腺はまだお休みしています。発達が始まるのは脳下垂体から性ホルモンが分泌され始める小学校低学年頃からです。この頃から乳頭が硬くなり痛みを感じたり、乳頭の周りが膨らんできたりします。そして生理(月経)周期が始まる13歳頃になると、おもに卵巣から分泌される“エストロゲン”の刺激により乳房は丸く大きく膨らみ始め、さらに乳輪や乳頭も大きくなっていきます。

そして、高校を卒業する頃には皆さんの乳房は成人の乳房へと成長します。

30代後半からは乳房は後退期に入り、乳腺がやせて張りがなくなっていきます。とくに授乳を経験した人は、悲しいくらいに張りがなくなりしぼんでしまう人も。50歳前後の更年期になると、卵巣機能の衰えとともに血中の女性ホルモンが減少し、乳腺はさらに萎縮していきしぼんでいきます。そのため年齢と共に乳房が垂れていくことは自然な変化であり仕方がないのです。

乳房の変化

生理前に乳房が張ったり、痛くなるのには理由がある

生理周期によっても乳房は変化します。皆さんは、生理前に乳房の張りや痛みを感じることはありませんか? その理由は女性ホルモンの影響を受けているから。女性の生理周期は卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンという女性ホルモンの変動によってもたらされ、平均28日を1周期として規則正しく繰り返しています。

そしてこの生理前の乳房の変化に最も影響を与えるのが排卵後に増加する“プロゲステロン”です。プロゲステロンは、水分を体中に溜め込む性質があり、子宮内膜をやわらかく厚くし、妊娠しやすい状態をつくります。このプロゲステロンの増加によって、生理の3〜4日前には血流が増え、体全体がむくみやすくなるだけでなく、乳房にも水を溜め込みやすくなり張りや痛みの原因になります。また、ストレスや睡眠不足でこれらの症状がいつもより強くなることも。人によっては、生理前に乳房が1.2倍の大きさになることもあるといわれていますが、月経が終了する頃には元の大きさに戻ります。

卵巣の変化

このように女性ホルモンの影響で、生理前に乳房が痛くなったり、張ったりすることは女性によくみられる症状です。これらの症状に不安に感じている人がいるかもしれませんが、生理後に気にならなくなる一時的なものであれば心配はいりません。まずはどんな時に変化を感じるのか、チェックしてみてください。

恵美先生教えて! 気になる 乳房のことQ&A

Q1.乳房の大きさの違いには遺伝が関係していますか?

A.まさに遺伝が関係しています。しかし“お母さんと自分がまったく同じ乳房になる”という意味ではありません。乳房の大きさや乳腺の量などはすべて遺伝的要素で生まれたときから決まっています。ただし、女性ホルモンの分泌によって乳腺が発達する成長期に何らかの理由でホルモンの分泌に異常が起こると、遺伝的な要素と関係なく「大きくなったり」「小さくなったり」という変化が起こることがあります。また、大きさに左右差が起こることもありますが、生まれつきの特徴などによることが多いと考えられます。

Q2. 乳房はどうしたら大きくなりますか? いつ頃まで成長しますか?

A.胸の大きさ、気になってしまいますよね。大きいことも小さいことも悩みになり、形が気になることも世の常です。世の中には乳房を大きくするための方法やサプリもあるようですが……。基本的には乳房の大きさを操作できるような方法は美容手術や女性ホルモンの投与以外はありません。女性ホルモンの分泌により乳房の中の乳腺が発育して体積が増えていきますが、完成の大きさはある程度遺伝的な素因で決まっています。20歳前後で通常は乳腺の発達も止まります。私ももちろん、お年頃の間はものすごく胸の大きさを気にしていました。乳房の存在自体を()み嫌っている人もいるかもしれません。今になっていえることは、生殖能力を発揮するための生理的なパーツとして気になる時期を外れてみれば、乳房という構造は生物学的に必要な臓器にすぎません!

Q3. 生理不順だと何か乳房に異常が起こりますか?

A.生理不順でも乳房の病気につながるような異常は起こりません。ただ、乳房は女性ホルモンに非常に影響を受けるので、生理不順の時には乳房の張りや痛みが強くなるなど、さまざまな良性の変化は起こることがあります。

Q4. 小学生から乳房にしこりがあるのですが大丈夫ですか?

A. 小学生の中学年ごろから乳輪の下に乳腺が発達してきます。つまんで触ると乳腺全体は硬めのゴムのような感触で “しこり(硬い腫瘤(しゅりゅう))”と感じるかもしれません。正常の乳腺を触っている可能性がありますが、繊維腺腫(せんいせんしゅ)のような良性腫瘍ができることもありますので、心配であれば小児科か乳腺クリニックに相談してみてください。

※繊維腺腫…硬くてつるっとした丸いしこりが特徴の乳腺の良性の腫瘍。

Q5. うつぶせになると乳房が痛むのはなぜですか?

A. 生理前のプロゲステロンの上昇に伴って乳房が張る人や排卵時にエストロゲンが増える時期では、「痛い」と感じる人もいます。うつ伏せになると乳房をかなり圧迫している状態になるため、自分で乳房を手で押さえた時に痛みを感じる人はうつ伏せでも痛むと思います。ただそれが正常なので心配いりません。

Q6. 男性は母乳が出ますか? なぜ男性にも乳房があるのですか?

A. 生まれたばかりの赤ちゃんは見た目では男女の区別がつきません。外陰部の性器はすでに誕生の時には男女の区別ができていますが、元々備わったものは同じ状態のものからお腹の中でのX、Y遺伝子の違いによって発達が異なっていきます。乳腺は男女の区別がなくお腹の中から備わっていて、誕生後成長の過程で女性は女性ホルモンなどの分泌が増えることで大きな乳房に変化していきます。また、男性は男性ホルモンによって成長していくので乳腺は発達せず、子供の時のまま乳頭の下だけに存在します。何らかの理由で体の中で女性ホルモンが多い状態が続くと、男性でも乳腺が増大し『女性化乳房症』を発症することがあります。男性には必要のない乳腺ですが、ほ乳類であることの象徴でしょう。母乳については、男性は母乳を分泌するためのホルモン分泌がないので出ません。

生理前に感じる痛みやしこりは生理後に気にならなければ大丈夫

生理周期による乳房の変化をまとめると……。

1.生理前の乳房の張りや痛みは女性によくみられる症状
2.ストレスや睡眠不足などで症状が強くなることがある
3.生理前に感じる張りや痛み、かたいもの(しこり)は、生理後に気にならなくなれば心配なし


ただし生理周期に関係なく、痛みやしこりが続く場合は乳腺クリニックに相談しましょう。

女性の乳房は生理周期によって変化します。自分の体がどのように変化しているのか、少し意識を向けてみると新たな発見があるかも。次回は、女性に最も多い「乳がん」についてのお話です。乳がんを正しく知ることが早期発見の第一歩。正しい乳がんの知識をみんなで学んでいきましょう。

参考:「知ってほしい乳房と乳がんお話」 HAL1284AKA.pdf (eisai.jp)

乳房と乳がんのお話表紙

監修:独立行政法人広島市立病院機構 広島市立北部医療センター安佐市民病院 乳腺外科 主任部長
NPO法人ひろしまピンクリボンプロジェクト 認定NPO法人乳房健康研究会理事
 恵美純子えみあきこ(先生

3人の子育てをしながら熱心に診療を行なっている。同時に中高生向けのがん教育にも力を入れており、各地の高校を訪れ、若い世代に向けて【乳がんを知る講座】を開き「乳房を正しく知ることの大切さ」を日々啓発している。

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